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映画「誰も知らない基地のこと」監督×小林武史 「我々には希望以外の選択肢はない」

映画「誰も知らない基地のこと」監督×小林武史 「我々には希望以外の選択肢はない」

5月に沖縄返還から40年を迎える日本。しかし、未だに米軍基地問題は沖縄の人を苦しめ続けている。今、公開中の映画『誰も知らない基地のこと』は、米軍基地のあるイタリアのビチェンツァや沖縄の普天間などを取材し、増え続ける基地の実情に迫ったドキュメンタリーだ。本作を撮ったイタリアの若手監督エンリコ・パレンティとトーマス・ファツィとの鼎談が実現した。

updata:2012.06.22

いまも、新しい米軍基地が世界で増え続けている

沖縄には基地問題のすべてが集約されている

映画「誰も知らない基地のこと」監督×小林武史 「我々には希望以外の選択肢はない」
小林 映画を観て軽いショックを覚えました。知らなかったこともたくさんあったし、沖縄の基地問題をここまで客観的に描いた映画は観たことがなかったので。

エンリコ・バレンティ(以下、バレンティ) ありがとうございます。

小林 それにイタリア人であるあなたたちがこういうアクションに出たことも興味深かった。Occupy Wall Street(ニューヨークのウォール街で起きた政治経済体制にむけられた抗議運動)の時もそうだったけど、世界がアメリカとの関係について考え直しているのだと改めて実感しました。そもそもどうしてこの映画を撮ろうと思ったんですか。

トーマス・ファツィ(以下、ファツィ) 2007年にイタリアのビチェンツァで起きた米軍基地の移転拡張計画に対する反対運動がきっかけです。
はじめはそれだけを題材にして短い映像作品を考えていたんですが、リサーチを進める中で基地問題というのはもっとグローバルな視点で捉えなければいけないと気づきました。第2次世界大戦以降、アメリカは世界中に基地を展開してきたわけですが、この10年のあいだにも、かなりの数の基地を建設し続けていることがリサーチを通してわかったんです。戦後60年以上を経たいまも、新しい米軍基地が世界で増え続けている。そして、今回の取材の中で私たちにとってもっともインパクトが大きかったのが沖縄です。沖縄はいわゆる基地問題のすべてが集約されていると言えるほど大きなダメージを被っています。基地が建てられたどの地域でも環境問題が深刻で、しかもその被害は実際に基地が閉鎖されてみないと明らかにならないことが多いのです。ひとつ例を挙げると、いま沖縄で基地反対運動をしている活動家の多くが、ベトナム戦争で使われた枯葉剤のテストが沖縄で行われていたのではないかと懸念しています。
小林 それは知らなかったな......。

ファツィ 沖縄本島北部に、広大なジャングルが広がる高江という地域があって。そこには世界中の米軍基地で唯一のジャングル環境下の訓練センターがあるんですが、ベトナムと同じような環境だということで、枯葉剤のテストがベトナム戦争中に行われていたと活動家の方は推測しているんです。日本人の立ち入りが禁止されている理由も、さまざまな廃棄物が不法投棄されていたり、弾薬などが保管されているからではないかと言われている。

バレンティ いろんな活動家の方とやり取りしていく中で、そのような情報が出てきたんです。

小林 うーん...。今度、その情報を送ってもらうことはできますか? 僕のほうからも、そのことについてアプローチしてみたいので。
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バレンティ もちろんです。

小林 じゃあちょっと話を映画に戻します。ソ連崩壊後、アメリカは世界に展開していた基地を縮小するべきだったのに、逆に拡大していったことが映画の中で描かれていますよね。それには軍産複合体が絡んでいると聞いて納得したけれど、どうしてそのようなことが起こったと考えていますか? マイケル・ムーア監督が「ボウリング・フォー・コロンバイン」の中で、「移民であるアメリカ人には、自分たちがいつやられるかわからないという恐怖心が根付いている」と言っていましたが、そういう心理的要因が根底にあるからなのかと思うのですが。
バレンティ その恐怖心というのも、計算されたプロパガンダだった可能性があります。冷戦が終わったあと、一時的に米軍基地は削減されたんです。しかし、軍産複合体がその時点で予想したほどの利益をあげられなかったため、アメリカ政府が画策として心理的恐怖を国民に植え付けたのではないでしょうか。レーガンやブッシュ政権の外交政策に表れているようにね。 マイケル・ムーアが言っているような恐怖心には、外の世界や外国人を怖がらせる心理的効果があるのだと思います。いわゆる外国人って、さまざまな問題をなすりつけるのに格好のターゲットなんです。「やつらのせいで自分たちの特権が失われかねない」という恐怖心を人々に植え付けることは、けっこう簡単なのかもしれない。
ファツィ 私自身はアメリカが他国の人たちを、敵としてそこまで恐怖心を抱いているとは思っていません。アメリカは地理的にみても非常に巨大だし、そもそも近隣に敵国が存在しませんよね。北はカナダ、南はメキシコやカリブ諸国、東西は海に面しているわけで、そういう意味ではほかの国と距離を置き、平和な国として存在することもできたと思うんです。しかし、地理的にまったく離れた場所にわざわざ戦争をしかけにいっているのが現状なんです。

日本人は政府の外交政策を注目する必要がある

小林 2人にもうひとつ聞きたいのですが、サブプライムローンやウォールストリートの問題が起こり、グローバル・キャピタリズムが今後どのように展開していくのかが世界レベルで取りざたされているけれど、そのことと米軍の基地問題は密接につながっていると思うんです。そのへんについてはどう考えていますか。

ファツィ まず、資本主義の終わりでは決してないということ。これからも我々は資本主義に支配されていくのだとは思いますが、ただし過去の60年間、特にこの30年間のように、アメリカというひとつの国が軍事的、経済的にもスーパーパワーとして世界に君臨していた時代は終わりに近づいているのかもしれません。
 これからどのように進んでいくのかはまだ誰も予測できないと思いますが、アメリカが理解しなければいけないのは、インドや中国、ブラジルなどの新興国が経済的にも非常に力をつけてきているということです。
映画「誰も知らない基地のこと」監督×小林武史 「我々には希望以外の選択肢はない」
アメリカはいまだに軍事力を増強させようと動いていますが、これは決して賢い選択肢ではないと思うんですね。帝国主義に走った国が、権力を維持したいがためにそのような行動に出ているとしか思えない。アメリカはいろいろな意味で権力を持った国であることに変わりはないでしょうから、新しい世界の中でどのような選択をしていくのかが、重要なポイントになってくるのではないでしょうか。ただ、昨年のOccupy Wall Streetのような動きをみてみると、どこかに希望を感じますね。アメリカ人自身が、現状のシステムは彼らにとって有益なものではないと理解し始めているサインなのではないかと。
小林 僕も今度のアメリカ大統領選に、密かに希望を抱いているんです。アメリカの中から変わり出すことがあるといいなと。一方で日本も、なかばアメリカの植民地になっていたような段階から、次のステップに移行していく必要があると思う。これまでは「抑止力」という言葉を額縁に入れて、有事の際には米軍に何とかしてもらわないといけないというのが常識だったと思うんだけど、その意識が変わろうとしているのも事実なんですよね。政治の中でもそうした動きは始まってきているし。
バレンティ 米軍の介入によってさまざまな恩恵を受けている国は、欧米諸国や日本も含めてたくさんあると思います。経済的にはもちろん、米軍によってそれらの国は保護されているといってもおかしくはない。ただその結果、それぞれの国が自分たちの軍隊を持つ必要がないというような状況に陥っている。いまの日本について言えば、北朝鮮の脅威に対して、何らかの防衛手段が日本に必要なことは認めるべきだろうし、日本の方々は、日本政府がどんな外交政策を行っているのかということを、まず注視してみる必要があると思います。
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防衛のことも含めて米軍に保護されているという事実を、一度クリアに認識することが大切なのではないかと。
 軍事的観点から見ると、戦争というものは永久的に行われるものなのかもしれません。そもそも基地というものは、戦争を起こすためにあるわけです。「卵が先か、鶏が先か」のジレンマになってしまいますが、日本で言えば「北朝鮮という脅威があるから基地を置いているのか。それとも日本国内に基地があるから北朝鮮が日本を脅威としてミサイルを向けているのか」ということです。この悪循環を打破するには、非常に革新的な考え方が必要になってくると思います。

小林 その革新的な考え方って、あえて言葉にするとどんなこと?

ファツィ うーん......。正直なところ日本と北朝鮮の状況に関しては詳細にわかっているわけではないんですが、いま世界中の国々が致命的な破壊力のある武器を持っているのは事実ですよね。
つまり、軍事的な解決策以外の手段を見つけることができなければ、我々人類にはまったく望みがないということです。仮にイランや中国が敵意を持って行動すれば、世界は破滅するかもしれない。いまイタリアでは何兆円という予算をかけてアメリカから戦闘機を購入しようとしていますが、このようなものは他国と戦争するための武器でしかないわけです。もしイタリアがどこかの国と戦争を起こせば、世界にも破滅的な影響が出てしまうのは明らかですよね。

バレンティ 私自身は、何らかの形で平等な世界を創造する必要があると思っています。経済的な観点、先進国と発展国という図式とはまったく違う形で共存できるような何か......。例えばイスラエルとパレスチナの問題にしても、何らかの経済的支援をパレスチナにしたら、それだけでイスラエルから敵国と見なされてしまうわけですよね。そういう経済的な形ではない世界を創造することが必要なのではないかと。まあ、アメリカにとってはまったく考えたくないことだとは思いますが。

沖縄には基地問題のすべてが集約されている

映画「誰も知らない基地のこと」監督×小林武史 「我々には希望以外の選択肢はない」
小林 僕自身も、グローバル・キャピタリズムで世界を捉えるということには、もう限界がきていると思うんです。アメリカがリーダーシップをこれからもとり続けるということに、みんなが疑問を感じているのも確かだし。だから僕にはサステナブルという観点からのビジョンがあって、農業などの第一次産業のサイクルの中に一度僕らが立ち返って、生きていくことに非常に深く関わっている「食」などの部分については、それぞれの国できちんと捉え直していくことが必要なんだと思う。そして、インターネットなどで情報のリレーションは簡単にとれるようになってきているわけだから、優れたカルチャーは自由に海を越えてやり取りするというふうに、新しい道筋を探していく必要があるんじゃないかと。

バレンティ そうですね。

ファツィ 歴史には我々が学ぶべき前例がたくさんあると思います。
かつては敵だった国々が、いまは親しい関係を持っていますよね。イギリスとアメリカにしてもそうだし、ヨーロッパを見ただけでも50年前とまったく状況が違う。それを考慮した上で思うのは、やはりいまは変化というものが非常に速く起こり得る時代なんだということ。先ほどおっしゃったように、インターネットの助けもあって、意識改革を速いペースで起こすことが可能な時代にきていますから、例えばアメリカ大統領選に私たちは投票できなくても、我々がどう思っているかということを、選挙権を持つアメリカ国民に伝えることができるわけです。
そういう意味では希望があると思います。ただ逆を言えば、希望以外の選択肢はないと言っていいのかもしれません。

小林 沖縄の基地問題にしても、最終的には憲法をどうするのかということも含めて、いろんなことを考えないと解決できない問題ですよね。つまり沖縄のことも福島のことも、問題は全然違うけれど同時に見続けないといけない。
現状を「しかたがない」と思うんじゃなくて、希望を持って未来のあり方を僕らがきちんと描いていく。逆を言えば、それしか道はないんじゃないかということですね。なかなか時間はないですけれど、沖縄で活動をされている方たちの声もきちんと聞いていくことが大切だと感じました。今日はお会いできて光栄です。ありがとうございました。

映画『誰も知らない基地のこと』はシアター・イメージフォーラム他にて全国順次公開中!
公式サイト http://kichimondai.com/

エンリコ・パレンティ Enrico Parenti
エンリコ・パレンティ Enrico Parenti

映画監督。本作が長編初監督作品。1978年生まれ。アメリカ系イタリア人。フリーランスの映画制作者。イタリア国営放送局(RAI)や独立系プロダクション制作のドキュメンタリーでカメラマンとして活躍。

トーマス・ファツィ Thomas Fazi
トーマス・ファツィ Thomas Fazi

映画監督。本作が長編初監督先品。1982年生まれ。イギリス系イタリア人。研究者兼通訳。イタリアの数々の出版社で政治コンサルタントとして活躍。

(撮影・取材・構成/成田敏史)

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