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上杉隆×小林武史「ガラパゴス化した日本のメディア」(1)

上杉隆×小林武史「ガラパゴス化した日本のメディア」(1)

政府の発表、テレビや新聞のニュース、専門家の意見......。僕らに与えられている情報は何が正しくて、何が間違えているのか。メディアの内側を見てきたジャーナリストの上杉隆さんにその実情を語ってもらった。(対談日:2011年9月13日)

updata:2011.10.19

日本のメディアは“沈没しかけた船”である

記者クラブの存在

上杉隆×小林武史「ガラパゴス化した日本のメディア」(1)
小林 上杉さんのフリージャーナリストとしてのご活躍はいつも拝見しています。東日本大震災についてもずっと取材をされていたと思いますが......。

上杉 震災直後からずっと取材をしていましたが、今回のことで本当に、日本のメディアシステムというか、言論空間のアンフェアさに嫌気がさしてしまいまして。

小林 そう、今日はその辺りのお話を伺いたいと思っています。実はこのシリーズの対談にメディア側の方に出てもらうのは初めてなんです。震災後、原発や環境問題の専門家の方々など、色々な人の話を聞いてきましたが、その現状を鑑みると、どうも日本のメディアというものが信用できないのではないかという思いを持たざるをえない。僕らが与えられている情報は本当に正しいのか?という疑問が、大分、この国の人達の間に広がってきたと思うんです。
上杉 日本のメディアの中にジャーナリズムがないというのも一つの理由なんですけれど、記者クラブというものの存在が大きいんです。

小林 その"記者クラブ"というものの実態を、よく知らないんですよね。

上杉 日本人が知らないのは当たり前なんですよね。でも、日本人以外はみんな知っているんですよ。30年くらい前からOECD(※経済協力開発機構)や、国境なき記者団、EU委員会などは、日本政府に対してずっと抗議しているんです。要するに、日本の記者クラブは閉鎖的だと。世界では、ジャーナリズムのルールは「フェアネス」であると、単純明快なんです。アクセス権のフェアネスがちゃんと守られているんです。
小林 なるほどね。

上杉 大手のメディアもフリーランスの記者も関係なく、公的な記者会見に自由に入ることができて、その先は競争しなさい、という考え方です。だけど日本だけが、その前に、国内のテレビや新聞、通信社という既存の大きなメディアだけで"記者クラブ"という談合組織を作ってしまったんです。これは戦前の、大本営発表とまったく同じ形態です。実は戦後に一度、GHQに接収されて記者クラブが自由になった時期があったんですが、以降段々と、海外メディアや雑誌業界、フリーランスのジャーナリスト、最近ではネット業界という存在を排除しだして、今に至るんです。メディアのこういう形は世界で唯一だと思います。
小林 GHQが指導しているときに一度自由になったものが、なぜまた元の木阿弥で、進化系のガラパゴスメディアになってしまったんですか?

上杉 単純に、利権構造ですよね。要するに、情報がお金になる時代になったので、メディアが政府の情報を独占し始めたんです。戦後の1950年代や60年代は、さして情報に価値がなかったんです。テレビ業界も今ほど強くなかったですし。ところが1980年代くらいにテレビが記者クラブの主たるメンバーになってから、急に記者クラブの体制が強化されてきたんです。それには色々な理由がありますけれども、大きくは、報道が金になるということが分かり始めたんですね。1982年頃から、CNNなどの海外メディアがニュース番組をビジネス化し始めていました。
上杉 日本はそれに遅れること数年で、「ニュースステーション」(テレビ朝日)が登場したのが1985年の10月です。そのあと、色々な報道番組が追随しました。最初、ニュースステーションは非常に弱かったですけれど、1986年のフィリピン革命の際に、フィリピンのマラカニアン宮殿から当時向こうにいた安藤優子さんや末延吉正さん、国内では三反園訓さんたちが毎日テレビに出て現状を報道したわけです。そうして視聴率が上がっていった中で、同年4月のチャレンジャー号爆発事故が起こり、さらに視聴率がバーンと上がった。そうして、ニュースステーションが軌道に乗り出すんです。視聴率が取れれば金になる。金になるということはイコールビジネスになって、権益が発生するんですよ。そうするとどうなるかというと、それまで排除されていたテレビ局がメディアの中心になってくるわけです。この場合の既得権益である政府の情報というのは公的なものなので、当然ながらタダ(無料)です。タダのものが金になるなんて、こんなおいしいことはないわけですね。しかも、記者会見場はすべて公の建物、つまり税金で運営された建物。さらにスタッフも税金で雇われている公務員。完全にタダなんですよ。
上杉隆×小林武史「ガラパゴス化した日本のメディア」(1)
上杉 そして、電波料も安い。それで一挙に報道ビジネスは肥大化していくんです。

小林 なるほどね。

上杉 まず、最初に記者クラブの既得権益にぶち当たったのが、1998年の孫さんなんです。孫正義氏とルパード・マードック氏によるテレビ朝日株買収。結局は朝日新聞社が株を買い戻して決着しましたが、あのときにもし孫さんがテレビ朝日と朝日新聞を買っていたら、おそらく放送と通信の融合は日本が一番最初なので、世界のマーケットを取っていた可能性もあったと思います。もうひとつ、2回目が2002年の堀江貴文ライブドアのニッポン放送、フジテレビ買収。当時も、もし堀江さんが勝っていれば、メディア界でフジテレビが王国を築いていますよ。でも、日本はあまりにも記者クラブが強すぎたために、ふたつとも排除してしまった。TBS、毎日、テレビ朝日、日本テレビという、巨大なメディア・コングロマリット(※多種のマスメディアを傘下に収める巨大な複合企業・寡占企業のこと)に、誰も歯が立たなかったんです。
放送を中心とするクロスオーナーシップによる閉鎖的な記者クラブ王国が築かれてしまったわけです。

小林 上杉さんはその記者クラブへの問題定義とともに「自由報道協会」(上杉氏が暫定代表の「フェアな報道の場を提供するための非営利団体」)を立ち上げていますよね。

上杉 フリージャーナリストや海外メディアは記者クラブの会見に入れてくれない。それなら自分たちで記者会見をやってしまおうという逆転の発想です。いまや通信の科学技術が進んで、音声もいいし動画の質も良くなった。となると、これまでは放送が独占していたところに通信が入り込んでくる。放送は所詮、日本国内だけですが、通信なら一瞬で世界中と繋がります。そうすると、どういうことが起こるかというと、日本の記者クラブが築いてきた王国、つまり、フリージャーナリストや海外メディアなどその日本の王国に入れてもらえず、排除されていた人達が先に世界と繋がってしまった。
僕もそうなんですが、今回の3.11以降、日本のテレビ局や新聞には一切出ていませんが、アルジャジーラやニューヨーカー、CNN、BBC、ドイツ国営テレビ、香港スターチャンネル、The Guardianなど多くの海外メディアのインタビューには答えているんです。自由報道協会で書いている記事も、英訳されたりアラビア語やドイツ語に変わったりして、そっちの方に伝わっている。つまり、国内の記者クラブの外側の虐げられてきた小さい領土の人達が、広大な世界と繋がってしまったので、逆に日本で巨大な王国を築いていた記者クラブの方が相対的にどんどん孤立して、今やガラパゴス化してしまったということです。別の例えを用いるならば、日本のメディアであるタイタニック号はすでに氷山にぶつかっているわけです。他の国は、ぶつかる前に通信と融合するなどの対策をして、救命ボートなどで脱出している。CNN/youtube.comとかはもう5年も前に実現しているわけですから。日本だけが徹底的に通信を排除したために、結果として孤立してしまった。このままでは氷山にぶつかって沈んでいくだけなのに「俺が一等船室だ」「私は二等船室だ」と無駄な陣地争いをしているのです。

ガラパゴス化した日本

小林 ガラパゴス島にいる生き物が故の、ということかもしれないけれど、日本のメディアが上杉さんのいうようなことになっているなんて、本当に一部の人しか知らないということですよね。

上杉 そうだと思います。僕がこの問題に取り組むようになったのが10年くらい前です。1999年にニューヨーク・タイムズに入って、たまたま私と当時の支局長や特派員らと、記者クラブの話をしたんですね。日本のメディアのような状況は非常に珍しいケースで、こんな風に情報をコントロールされている、要するにスピン・コントロールというのですが、それをまんまとされている国はないという結論になった。けっこう大きな扱いの記事としても最低3回くらい書いているんですよ。でも、普通だったらニューヨーク・タイムズが日本のことに触れれば大抵、大騒ぎになるんですね。例えば、ニューヨーク・タイムズが叶姉妹のインタビューをした時も、日本のメディアが「なぜ叶姉妹をニューヨークタイムズがインタビューをしたのか」と取り上げられた。
上杉隆×小林武史「ガラパゴス化した日本のメディア」(1)
上杉 でも、日本の記者クラブの問題についての記事は、一面トップで扱ったにも関わらず、日本では一度も報道されなかった。要するに自分たちに不都合な状況は一切日本に伝えないんだなと。その時に、日本が抱えるこの問題には外圧も使えず、極めて解決困難だということが分かったんですね。

小林 そうか......。

上杉 それなら別のアプローチをしようと思って、フリーのジャーナリストになって、メディアの中をみてやろうと考えたんです。既存のメディアでレギュラーを取って、実際に中に入って真実を確認してそれを発表していこうと。5年間かかりましたけど、『ジャーナリズムの崩壊』という本も出しました。これまでのジャーナリズム批判というのは所詮、外の人が言っているだけだったんですよ。だけど、当時僕は『とくダネ!』や『ミヤネ屋』でレギュラーを持っていましたので、そういう中からぶちまけたらインパクトは大きいだろうと思っていたのですが、予想外の反応だったのは、怒って番組を降ろすとかではなかったんです。一切、存在を無視するんですよ。こりゃすごいなと思って。
それで、仕方ないので、講演とか色々な形で、できることをやっていこうともしましたが、まあ、無理でしたね。それでアプローチを変えて、もうこうなったら記者クラブを押したり引いたり、壁をぶち破ったりしても意味はない、だったら上から全部変えちまおう、と。それで思ったのは政治の力を借りてやろうと。まったく褒められない方法であり、臨時過渡的な方法として、政治の力を、権力を借りようとしたんです。健全なやり方ではありませんけど。なぜなら本来ならば政治権力を使うと、それにコントロールされちゃう。ただ、たまたま政権交代しそうなタイミングだったんですね。だから福田政権、麻生政権のころから民主党の代表の記者会見にいって「あなたたちが政権をとったらどうするんですか?」ということを小沢さんに聞いたり、鳩山さんに聞いたりして、言質を取り続けたんですね。とにかく政権交代をしたら記者クラブについても絶対にオープンにするという青田買いの確認作業。それがあったからこそ公約になりましたから。小沢さんも、昔の代表の岡田さんもそうですし。民主党政権ができれば記者会見はオープンになりそうな感じになってきていたんです。そしていよいよ一昨年の9月に政権交代になった。おまけに総理は鳩山さんだという。
もともと鳩山事務所にいた人間からするとこんないいことはないということで......。

小林 鳩山事務所にいらっしゃったんでしたっけ?

上杉 始めはNHKに入って、その後、鳩山事務所に行きました。それからニューヨーク・タイムズにいって、フリーランスになって。NHKにいましたから、記者クラブのシステムも人もある程度知ってるんです。鳩山事務所にいたときもマスコミ担当をしていましたので、さらに多くの記者も知っている。 そうした経験もあるから、アプローチの仕方として、政治を使おうと思ったんですね。鳩山さんがいるからちょうどいいと。でも、それもダメでした。総理大臣がもっとオープンにしようと言っているのに、周辺の官僚がいうことをきかないんです。それは何かというと、"官報複合体"といって、これは私の造語なんですが、官僚の「官」と報道の「報」の複合体。権力とか組織ってひとつだとけっこう弱点があるんですけれど、組織と組織が融合してしまうとお互いの弱点を補いあったり、あるいは利権を増長させたりして非常に強い組織になるんですね。
上杉隆×小林武史「ガラパゴス化した日本のメディア」(1)
上杉 つまり、メディアは官僚から独占的に情報をもらって、そのかわりメディアは官僚の悪口は書かないということです。官僚の方も基本的には自分たちが発信する情報をコントロールしたい。そういうシステムのプレイヤーに政治家はあまり入っていないんです。官僚がメディアを使って自分たちの方向性と違う人間は排除してしまう。例えば経産大臣の会見で自由報道協会のメンバー達が追い出されるような形になったり、あるいは記者会見に入れてもらえなかったり。既存メディアにとっては、その官僚のシステムと産業界とが一致した複合体の中にある、東京電力を始めとした電事連なんかは、年間八百億円もの広告費をもらっている最大のスポンサーなんですよ。ちなみにパナソニックは700億円で、トヨタが500億円。電事連が日本一なんですよね。これはほとんど報じられていませんけど。しかも電力会社は全国10社で、800億円ですけど、それと同じ額の接待費を使って、マスコミの接待をしている、広告費と接待費をあわせたら年間1600億円使っているということです。
小林 そういう話を耳にしたことはありますね。

上杉 それに、パナソニックとトヨタはライバル会社がいるわけですよね。でも電事連はライバル会社なんてどこにもいない。さらに当然ですが、海外展開もしてない。これは異常な社会システムです。この原子力国家のシステムを壊すのは難しいなと思いましたけど、政治で、しかも国の最高権力者が号令をかければなんとかなるだろうと思ったらそれもだめだった。

小林 きっと無理なんでしょうね。3.11以降、菅さんの調整力のなさというのもあったんだろうけど、それにしても、経団連の方が政府の百倍偉いんだということが完全に露呈したよね。経済がこの国を回してやっているんだという本音がボンボン出ていました。誰のおかげで雇用が生まれると思っているんだ、という感じがね。

上杉 ドイツの社会学者のユンクが1979年に出した『原子力帝国』という本があるんですよ。彼は、原子力政策を進めると、それに国が乗っ取られてしまうと主張しています。チェックする機関がないとまずいことになるぞという警告をだしているんですね。
それに基づいてドイツでは第三者機関ができたりしています。ところがね、これは5/23発売の『シュピーゲル』(※ドイツの週刊誌)に書かれたことなんですが、「ドイツでは避けられた事態が、東の国、日本でいままさに起こってしまった」と。それも「ユンクが書いた通りになってしまった」と書かれているんです。原子力を握って、しかもそれで産業界と政治と官僚システムが一体になってしまうと、そこにあがなう人間は抹消されていくだけなんです。日本の場合はそこにメディアまでもがくっついてしまった。「原子力国家日本」というタイトルで『シュピーゲル』ではものすごい長い記事として取り上げられましたが、本当にその通りだなと思いました。つまり、原子力業界に逆らうと政治家だろうが産業界だろうがジャーナリストだろうが、基本的には社会的に消えていくというのが余儀なくされる、見事なシステムを完成させたのが日本なんです。

小林 システムというか、それだけ組んでいれば必然的にそうなっちゃうということなんでしょうね。競争原理を持たない、電事連というか、電力会社の仕組みがね。こんなにおいしいスポンサーないですもんね。
上杉 ないですね。僕も電事連がスポンサーの番組をいくつかもっていましたけど、おいしいんですよ。だってなんの打ち合わせもなく行って、一時間くらいでぽんぽんとコメントして、いきなり50万円とかもらえたり。

小林 へえ。そういえば僕も電事連のスポンサーのラジオ番組の依頼とかあったな。

上杉 すごいんですよ。あとはやっぱり、メディアもそうですが、なんといってもアーティスト達というのが日本では完全に骨抜きされちゃったんですよね。海外では反原発とかも含めて、メッセージソングが多いじゃないですか。ビートルズだって、レノンもそうだけど、U2だって。ディランもそうですね。社会的に政治・政策に絡む反権力のメッセージソングをどんどん歌っているんですよ。でも日本の場合は政治性を帯びた歌ってだめですよね、基本的には。
上杉隆
上杉隆
フリージャーナリスト
自由報道協会暫定代表

1968年福岡県生まれ、東京育ち。都留文科大学卒業。大学在学中から富士屋ホテル(山中湖ホテル)で働き、卒業後NHK報道局勤務。26歳から鳩山邦夫の公設第一秘書を5年間務め、退職。ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者になる。退職後の2002 年、フリーランスジャーナリストとして政治・メディア・ゴルフなどをテーマに活躍中。著書に『記者クラブ崩壊』(小学館101新書)、『ジャーナリズム崩壊』(幻冬舎新書)など。

(撮影・取材・構成/編集部)

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