第2回 あたりまえの循環が見えなくなっている日本
- 小林
- 『バベル』のような作品を観ると、日本という国がどれだけ内向きで、答えがわかっているようなものにしか手を出さなくなってるかがわかるよね。それっていちばんつまらない。でも、そのいちばんつまらないところをみんな平気でワーって渡っていく。つまり、日本人ってあんまり人生に期待してないんだなこれは、と。
- 菊地
- あと責任とりたくないんでしょうね。
- 小林
- 責任って自分だから。
- 菊地
- ウチの社長もね、「自分がしたいことをしろ」って言うんです。でもそのあとに「責任は誰もとらないから」って(笑)。
- 小林
- いいね、それ。
- 菊地
- 私としては「え!? 誰か責任とってくれるんじゃないの??」って感じなんですけど、はっきりと「いや、とらない」って(笑)。ちゃんと人が人として育っていくことを教えてくれてるんだな、と。
- 小林
- そうやって明言することがいいんだよ。
- 菊地
- 親だって結局は責任とってくれないですからね。
- 小林
- そりゃ責任のとりようがないよ。だから自分でおもしろがって生きたほうがいいんだよ。
- 菊地
- そうそう。その根本的なことをわかっていないと痛い目を見る。そうじゃないと、毎日いろんなことを選択していくなかで、じゃあ何を大事にしているか?っていうことも曖昧になってきちゃうし。これってなんなんですかね。日本語が曖昧だからかな。
- 小林
- あとは戦後の社会変化が世界的にも稀なことだったからね。戦争中にまかりとおっていたことが戦後にはまったく通用しなくなってしまった。それから原爆を落とした当のアメリカの一番弟子になって、優等生の子分としてやっていくことになるわけだけど。
- 菊地
- なるほど。
- 小林
- これは村上龍さんも言っていたけど、そこで無意識のうちに強烈な自己否定をせざるをえなかったわけだよね。それとのセットで発展というものがついてきた。でも豊かになるってことはいつか止まるんだよね。資本主義自体は膨張するっていうのがあるから、この閉塞した日本の状況はまだまだ続くんだと思うけど。
- 菊地
- あとどれくらい?
- 小林
- まだまだだと思う。日本ではかつて「一億総中流」って言われていたけど、世界の人口の七十億人が総中流になるのにはどれくらいかかるもんなんだろう? でもそうなれば確実に止まるよね、資本主義って。
- 菊地
- あと、楽しく生きるほうがじつは大変なのかな。わー楽しい!みたいな生き方のほうがじつは難しいんじゃないか、とも思ったりもして。あれこれ悩みがあってさーとか言ってるほうが楽なのかも。
- 小林
- ほんと今の世の中って閉塞感がすごいことになっているからね。でも、そうやってぼんやり不安に思っているくらいだったら僕は「農業やればいいじゃん」って思うんだよ。人間は生き物だから食べないと生きていけない。そういうあたりまえの循環がいまは見えなくなっている。お金さえ払えばそういうことは見なくても済んでしまう。そんななかで、人間関係がうまくいかないとか出世できないとか就職できないとか、左脳的なことばかり考えて煮詰まるんだったら、腰を痛めながらも畑で汗をかいたあとに自分の作ったものを食べれば、それだけで生きててよかったってきっと感じると思うんだよね。それが卵かけごはんとお新香だけだったとしても。
- 菊地
- それは本当にそう思います。私、ジュンサイがすごい好きなんですね。でも、どうやってジュンサイってできてるのかしらなくて。それがこないだ、おたまじゃくしがいるような池でおばあちゃんが船に乗って採ってるのを見たんです。それでジュンサイの存在が私に近づいたんですよ。今まではただ美味しいって感じだったんですけど、身内的感覚になったというか(笑)。あと、純粋に「おばあちゃんサンキュー!」という気持ちと(笑)。だから、もし自分で採りにいったりしたらもっとすごいことになっちゃいますよね。小林さんの言ってることはわかる気がする。
- 小林
- 単純にそっちのほうが美味しいと思うしね。
- 菊地
- 私、畑仕事って小学生のときに田植えしたぐらいしかないんです。あとは、もっと小さい頃にお隣のおばさんが育てていたミニトマトを勝手に採って食べたことがあるくらいで。そのとき母親からひどく怒られたのを覚えてるんですけど、同時にそのおいしさもすごくはっきりと覚えていて。子供心に「うまっ!」って。あと、それまではお皿にもられた状態しか知らなかったのが、枝に成っている姿もショックでしたね。
- 小林
- ぜひやろうよ。いまap bankのプロジェクトで農場をスタートさせているから。
- 菊地
- わー! すごいですね!
- 小林
- じゃあ今度お誘いします、農作業。
- 菊地
- ぜひぜひ。


















