第1回 すべてはキュウリから始まった
- 佐藤
- Bank Bandの初アルバム『沿志奏逢』のジャケットデザインを僕が作ってから、もう5年ですか?
- 小林
- そうなんだよ。発売が2004年10月だったから。
- 佐藤
- 5年といえば結構長いはずなのに、僕はそんなに昔という感じはしないですね。それは、キュウリ・デザインの印象がヴィヴィッドだったからかもしれない。
- 小林
- ap bank fesは、『沿志奏逢』をリリースした翌年に始まって、今年で5回目。そもそも「Bank Band」という名前がつく前に、櫻井とライブをやったことがあるんですよ(「Bank with Gift of Music for ap bank」2004年1月/ラフォーレ六本木)。それを可士和君が見に来てくれたんだよね。
- 佐藤
- あれ、良かったですよね。
- 小林
- そのあとの打ち上げにも可士和君は来てくれて、僕が「これはバンドを作るべきだ」と言って、「Bank Band」という名前をあげたら、可士和君が一番最初に「そりゃいいや」って、大笑いしたんだよね。
- 佐藤
- 最初のライブでは、まだBank Bandとは言ってなかったんですよね?
- 小林
-
そうそう。その次からBank Bandと名乗るようになった。
大量消費や大量生産がアートにもなりうるというポップアートに対して、サステナブルであることや未来への投資として、CDを大量に生産するということ。つまり「お金は道具だ」という発想や、「サステナブルな循環を作るためにバンドがCDを出すこともありえる」といった、価値観の逆転という話を僕がして。
パンク(Punk)に対して、日本語英語で「Bank Bandってどうだろう」という話をしたら、可士和君が「それはいいかも」と言って、このジャケットが来たんだよね。 印象的だったから、僕はすごく覚えてる。 - 佐藤
-
今、小林さんが言ったような、大量生産や大量消費のアイコンとして、アンディ・ウォーホルが作った、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジャケット(バナナをデザインした)がありますね。
ただ、それが先に頭にあったというわけではなくて、小林さんの家に遊びに行ったら、キュウリを育てていたんですよ。「育てたキュウリが旨いんだよ」と小林さんが言っていて、すごく印象的だったから、ジャケットデザインのときにも自然にキュウリが出てきた。
そういう意味で、バナナではなくキュウリだったんです。
キュウリを描くとバナナみたいになって面白いな、と思ったわけ。さらに言うと、売っているようなまっすぐなキュウリではなくて、曲がっているほうが、ap bankがやろうとしていることに、メッセージとして合っているじゃないですか。
そうしたら、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのパロディというかオマージュというか、それを逆手にとったことにもなるし、面白いなと思ったんです。
そこでキュウリのアイコンができたから、神宮前に作ったカフェやレストランの名前もkurkku(クルック:フィンランド語でキュウリ)になったんですよね。 - 小林
- そうそう。そこから取ったんだよね。
「実感」をデザインに持ち込む
- 佐藤
-
きっかけはなんでも良かったんだけれど、たとえばエコの記号って、探そうと思ったら理屈ではいくらでもあるじゃないですか。そうすると決まらなくなっちゃう。キュウリでもナスでも植物でも、なんでも良くなっちゃうから。
でも、小林さんがやろうとしていることは、もっとリアリティがあるというか。大義名分よりも実感があることだから、ジャケットを買う人にはストーリーが直接的にわからなかったとしても、小林さんがこういうところで語ったり、何かを考えるときに実感があるもののほうがいいなと思って。 - 小林
- 可士和君の話を聞いて、5年ぶりに、僕も忘れていた実感が呼び起こされたね。
- 佐藤
-
個人がささやかに実感を感じられるということは、意外に大事だと思うんですよ。個人的な思いが何かを突き動かしていくこともあるし。だから、理屈じゃないことも、ap bankの活動には重要かな、と。そこにこそ小林さんや櫻井さんがやっている意味があると思ったんですけれどね。
それに、キュウリというのは意外な感じがして面白いかなって。 - 小林
-
『沿志奏逢』があって、kurkkuができて。次の年に初めてフェスをやったんだけど、そのときには「to U」という曲ができていた。
そこで初めて、kurkku、Bank Band、「to U」、ap bank fesと、いろいろなものができたけれど、それらは一体どういうものなのか? 何をやろうとしているのか? ということを考える必要が出てきたんだよね。
そういう運動体のようなものに名前を付ける、というのが、生まれて初めての経験だったので、落としどころが分からないということもあった。学生運動でもないし、市民運動でもないしね。
ラジオに出たときには、
「小林さんは、社会変革運動をやろうとなさってるんですか?」
ということも言われたりして。
社会変革運動と言われると「そんな、めっそうもない」と思うけれど、大別すれば、僕らも当たり前だけどひとりひとりが社会に関わっているわけだから、「どうするか」ということは、確かに考えるべきだし。特に、環境のような自分たちの身の回りのことは、アクションを起こしやすいから、「自分にはまったく関係のないことだ」とシャッターを閉ざしにくいことでもあるからね。
「eco-reso」が生まれるまで
- 小林
-
ともかく、いろいろな動きが生まれて、「運動」になっていることに対して、何かくくれる言葉が必要だということがわかったわけ。それで可士和君に相談して、コピーライターの前田知巳さんを紹介してもらって、いろいろ話してみた。彼は、僕が言ったことを全部ヒアリングしてくれて。それで出してくれた言葉が「eco-reso」(エコレゾ)だったんだよね。
「eco-reso」という言葉の語感が、エコに対してゴロッとした印象もあって、ロックっぽくていいと思ったな。それ以降は、「ネオコラージュ」とか、運動体に名前をつけることは随分やるようになった。
僕たちの活動は、もともとロック的な側面もあるから、可士和君ともそのことは相当議論したんだけれど、エコのことって難しいから。
だって、僕も絶えず言っているけれど、地球で生きていくうえで、環境に負荷をかけていない人はいないわけでしょう。僕らが環境について学べるようになっていて、毎年毎年、負荷をかける暮らしじゃなくなっていったとしたら、そうしている人だけが素晴らしいのか、と思わない? 「人生そういうもんかい?」って感じもしてくるし。
ただ、現実問題として、CO2の量が、地球に対して問題を投げかけているというのは、ほぼ事実なので。さらに経済のありかたや人間の幸せ、世界のつながりについて考えていくと、eco-resoみたいに、レゾナンスしていくこと、考え方や価値観が違っても繋がっていくということの大切さは、ますます僕にとって強くなっているんだよね。



















