第1回 等身大のバンドを続けていくということ
- 小林
- 今年のap bank fesでは、なかなかいい出会いだったね。
- グレート
- あの日のことは、僕らにとってデカイですよ。ライブ前は、アウェイでウケなくて、(「真冬の盆踊り」で)「ヨッサホイ、ヨッサホイ♪」ってお客さんが誰もやらないのも、それはそれで楽しいじゃん。「そこで俺たち頑張ろう!」ってなるだろうからそれでいいや、とメンバーで話していて。
- 鈴木
- 後々の伝説になれば面白いなと(笑)。
- グレート
- でもいざ出てみたら、まったく違いましたね。
- 鈴木
- 前情報として、ap bank fesはかなり手強いよという噂は聞いていたんですよ。でも僕らはそのあたりには慣れているので、はなから玉砕覚悟で挑みました。まぁ結果的には、きったねえ野良犬が私立の小学校の校庭に迷い込んできて珍しく思われた感じなんじゃないかなぁって(笑)。
- グレート
- 僕らのなかでは、そういう総評でしたね。「きったねえけど、なんだかかわいいな」みたいな(笑)
- 鈴木
- とりあえず、大怪我は避けられたなっていう。
- 小林
- (笑)。でもやっているときも、かなり手応えはあったでしょ?
- 鈴木
- ありました。1曲目から、「あれ!? 噂と違うぞ」って。順番的にもMr.Childrenの後だったので、僕らのステージは完全にトイレタイムだと思っていたんです。ゲルマン民族大移動みたいな感じでみんな木陰とかに行っちゃって、三列くらいが残っているような(笑)。
- グレート
- でも、途中から人がどんどん増えてきたのも見えたから、「これは来たな」って思いましたね。
- 鈴木
- いつも僕らはフェスでもメインステージではないので、あれだけ一気にお客さんがいることもないんです。
- 小林
- でも、フラワーカンパニーズは大舞台に映えるよね。
- 鈴木
- 小さいところばっかりでやっているんですけれどね(笑)。
- 小林
- 正直、僕らもどういう反応になるのか分からなかった。でも野球で例えるなら、代打で出たらパカーンとホームランを打って、MVP持っていきました!という感じだったんですよ。
- グレート
- ありがとうございます。
- 小林
- 今日、話を聞きたいのは、ap bank fes'10の打ち上げでも少し話させてもらったけれど、日本のバンドがどっちに向かっていけばいいのかっていうのかな。この間も、民主党のふたりが「景気を良くすることが優先です」ってお互いに言い合っていたけれど、どちらの論法がいいのか誰も決められない。たぶん、どこにも答えはないんだよね。
- グレート
- そうですね。
- 小林
- だからおそらく、僕らの足元みたいなものを掘っていくしかないんだろうと思っているところがあって。最終的には日本人がどんな環境にあっても、やっぱり足腰を鍛えていくところからしていかなくちゃいけない。今って農業を随分おきざりにしているから、そういうところにお金が流れていくことを考えて、実は僕もap bankで農業の取り組みを真面目にやっているんだけれど。そういう意味でフラワーカンパニーズは、売れる売れない、流行り廃りがあるなかで、本当に足腰が入っていると感じました。すごくバランスがとれていて、なんのためにここに来ているのかが分かっているパフォーマンスに、僕は本当に感動したんです。その足腰というか、どうやって等身大のバンド活動を続けているのかという話をもう一度して欲しいと思っているんだけれど。ライブは自分たちでブッキングしているんですよね?
- グレート
- そうです。
- 小林
- もちろんレコード会社がプロモーションの流れを作って一緒にやってくれるけれども、人件費もかかってしまうから、そういうところもできるだけ人数を抑えて。バンドと、マネージャーの人が一緒にいるんだっけ?
- 鈴木
- いや、いないです。リーダー(グレートマエカワ)が全部、ブッキングからなにからやっています。
- 小林
- それはいつごろからなんでしたっけ?
- グレート
- 2001年くらいからですね。
- 鈴木
- ソニーのアンティノスレコードというところからデビューしたのが25歳くらいで、契約が切れたのが30歳くらい。そのときに、もう一度やるのか、それとも田舎に帰るのか、いろいろな選択肢があって、いちどメンバーがそれぞれ考えてみようと。その結果、やっぱり続けようということになったんです。
- 小林
- それを考える期間はどれくらいだったの?
- グレート
- 全然ないです。一週間くらいですね。
- 鈴木
- レコーディングもパンパンに入ってきていたんで、もうやるしかねえなっていう状況だったんですよ。
- 小林
- 辞めろと言われたのに、レコーディングが入っていたの?
- グレート
- レコーディングの途中に「今、録音しているけれど、もしかしたらお前らの次のアルバムは出せないかもしれない」って言われて。
- 鈴木
- パッと切られたわけじゃなくて、徐々に契約が切れていくという感じでした。
- グレート
- それが、契約が切れる半年くらい前だったかな。ボスは俺たちがライブをやりたいことを知っていたから、「半年間は給料を少なくするけれど、ライブやって稼ぐなりして考えてみたら?」というようなことを言われたんです。その頃はお客さんがすごく減っていたから、ライブもあまりやっていなくて。それで、自分たちでブッキングから始めました。PAやローディを雇うには金もないし、4人だけで車で回ってやってみようと。
- 鈴木
- バイトを始めると、ライブの本数がうまくきれなくなってしまうから、バイトをしなくてよいくらいの額をライブで稼げないかと思って。それで、気がついたらライブの回数が年間100本くらいになっていましたね。
- グレート
- 最初は、メジャーのときに知り合った各地のイベンターとかに相談して。そうすると、「やるよ!」って言ってくれる人もいたり、全然見向きもしない人もいたり。
- 小林
- そういう人もでてきたんだ?
- 鈴木
- はい。
- グレート
- 「お! これは......」と思いましたね。そういうところはライブハウスに直で交渉してみたら「いいよ、ぜひやってください!」って言ってもらえることもあって。ただ案の定、お客さんの数がガタ落ちしていました。前なら腐って「これじゃライブやりたくないよ」っていうような状況だけれど、俺らだけでやっているから仕方ないし、そこでいいライブをしないとダメだというのもある。でも、だんだん物販も売ってみたりしているうちに「なんとか自分たちで回れるかもしれない」という気持ちに変わったんです。意外に4人でやるのって楽しいな、というか。

- 小林
- 楽しくなったのは、いつごろから? すぐだったの?
- 鈴木
- いや、最初からは思えなかったです。それこそ今までだったらセッティングが全部終わった段階で、SEが鳴ってからいきなり飛び出すじゃないですか。それが対バンの場合は、アンプを運ぶところから全部見られてしまうわけですよ。なんだか、いわゆるカリスマ性が剥ぎ取られてしまうっていうか(笑)。
- グレート
- いやー、もともとないから(笑)。でもあの当時はね、何年かメジャーでやってきているから、「うわー、物を運んでいるなんてカッコ悪く見られているんだろうな」なんて思うこともあるんですよ。
- 鈴木
- 割と今まで「ボーカルの人は、近寄りづらいムードがあるよね」とか言われていたのに、お客さんが出待ちしているなかで機材を入れていたり、物販も僕らが売っていたりすると「気さくな、ただのいいおっさんじゃねえか」みたいな(笑)。でも、それはそれで楽しくなってきちゃってね。
- グレート
- うん。これは面白いから、とにかく4人でやれるだけやろうということになって。それに、メジャーのときはスタッフがいたので、メンバー同士で話すことが少なくなっていたんですよね。
- 鈴木
- もともと4人だけで始まったものが巨大化してくると、直接メンバーに言うのが恥ずかしくなってきちゃって。先にマネージャーやライブのスタッフに「どう思う?」って相談してから「メンバーに言っといて」とか。ちょっと回りくどい言い方になってきているところがあったんです。
- グレート
- そういう人たちがみんないなくなったから、4人で話さざるを得なくなって。
- 小林
- でも、ある意味その方が楽になるよね。
- 鈴木
- そうですね。すごくシンプルになったので、メンバーの意見だけで決めることができるんですよ。メジャー時代の後半は、良かれと思ってみんながいろんな意見を言ってくれるんですけれど、人によって意見が違うからこっちが惑わされちゃって。果たしてどっちにいけばいいのか分からなくなってしまっていた時期があったんです。
- 小林
- ある程度スタッフはいるけれど、Mr.Childrenでも同じようなことはいつも思っていますね。割と大事な話だと、僕を入れて5人だけで話をするんだよね。「ごめん、ちょっとじゃあ」って人払いして、スタジオの中で話したり。僕が司会進行みたいなことをやりながらね。きっとフラワーカンパニーズも、4人でやっているバランスがすごく大事なんだよね。
- 鈴木
- そうですね。


















