top » Chim↑Pom×小林武史「出る杭になる」(2)
Chim↑Pom×小林武史「出る杭になる」(2)
渋谷駅にある岡本太郎の壁画「明日の神話」に、何者かによって福島第一原発を風刺する絵が付け加えられた――。そんな報道が世間を騒がせた数週間後、アート集団「Chim↑Pom」が展覧会「REAL TIMES」で、その作品が自らの手によるものだったことを明らかにし、再び賞賛と非難の嵐を巻き起こした。彼らはなぜ、社会を挑発する作品を生み続けるのか? その真意に、小林武史が迫る。(対談日:2011年6月10日)
updata:2011.07.13
歴史や世界を背負った「フクシマ」
日本人は当事者意識を持たなくてはいけない
小林 岡本太郎さんの「明日の神話」をコラージュしようと思った経緯をもう一度教えてよ。
エリイ 渋谷で会議をしていたんだよね。それで、渋谷を題材にした作品を作ろうと思ったときに、あのスペースに穴があるということに気が付いて、そこにピースをハメこむっていうふうに、パチッとなった。
小林 それは震災のあと?
卯城 もちろん。震災が起きて、最初はみんなテレビに釘付けで。でも、なにかしようって感じはあるじゃないですか。それで、俺たちは作品をつくらなきゃいけない、っていう。
小林 エリイは「これを作品にしないと、どうにもならない」って、言っていたよね。ものがあれだけ壊れていくというのは、衝撃的なことだよね。
卯城 だけど、自然災害の場合は、作家として作品化するとかより、どうしても人として何が出来るかって感じでしたよね。やっぱり当事者じゃないから踏み込んだ作品ってつくれないじゃないですか。でも福島原発のことが起きてから、ものすごい当事者意識が生まれちゃって。それがだんだん、相当踏み込んだ作家意識になっていったんです。
小林 世界では「FUKUSHIMA」だけれど、僕らからすれば「フクシマ」がしっくりくるっていう。
卯城 スイスやドイツが原発をやめるのも、今回のことが起きたからだから。広島や長崎みたいに、日本って結局いつも身をもって被ばくして、世界を背負ってしまって。それをみんなが見て、色々な行動を起こすけれど、福島が突然世界を背負っちゃった感って、誰かが望んでそうなったわけじゃないですからね。
小林 原発の誘致とかは、大人が容認してきているところがあるから、子どもに害があるというのが1番やるせないところなんだよね。
卯城 広島から背負ってきたのに、放射能のツケを未来や子どもにまわし続けてきた。これは日本の歴史の問題だと思うんです。東京にいる自分は福島の当事者にはなれないけど、日本が世界や歴史の当事者になってしまったことに、今、無自覚ではいられませんよ。福島をアイコンにして、日本や日本人がどう動くのかという問われ方をしているじゃないですか。歴史や世界を背負った「フクシマ」という雰囲気は、まず日本人や作家全員が背負ったほうがいいと思う。
エリイ 自分たちはアーティストだから、一般の人たちとは違う背負い方というか、違う表現をするべきだと感じた。
卯城 作家としての当事者意識でやるしかないから。
エリイ そして、時代を切り取って戻すということでしょ?
卯城 それしかない。いろんなインタビューの繰り返しになっちゃうけれど、未来や海外の人から「あのとき日本のアートは何をしたんだ」と必ず問われる。でもそれってアートだけじゃないと思うんですよ。社会全体が問われている。
小林 凄まじい地震と津波だったけれど、そうはいっても自然災害だけじゃなくて、この下には経済とか資本主義とかがヤバいところまで制度としてきていて。「豊かになれるよ」っていう経済のための嘘の豊かさが上がってきているところに、ボコンと穴が開いた気がするのね。逆にいうとそこから色々なものが出やすくなったから、本来の世界の有り様に対して自由になるべきなんだよ。今回の警察の対応みたいに、「みんながやりだすと困るから、一応取り締まるよ」っていうのもまともな機能だし、思いがあってやっていることが、そこの穴から飛び出してこなくちゃいけない。
卯城 ほんと、画期的に価値観に穴が開いた、というかマジでゼロになった感じだから、今後はそれこそビジョンが大事じゃないですか。塩害にあった農地をどうするかもそうだし、ここからどういう国にしていくか、とか、どういう価値観を持って生きていこうか、とか。政治家が決めたことを受けてばかりじゃなくて、色々なビジョンや声、試みが出てこないといけないし、そうしないとまた変わらなくなっちゃう気がして。
小林 実際に福島に行ったのと、作品を思いついたのは、どちらが早いの?
卯城 行ったほうが早いです。
稲岡 テレビやネットの情報だけじゃない実際の現状を知りたくて、それでとにかくまずは物資を持って行ったんです。
小林 それ、いつ行ったの?
卯城 3月後半から通いはじめて、原発付近で作品を撮影したのが4月11日。
エリイ メルトダウンしている横に行っているからね。ここのふたり(卯城、岡田)はREAL TIMESのビデオを撮っていたんです。それで旗をたてに行ったのはこのふたり(稲岡、水野)なのね。防護服はちゃんと着ていたけれど、うちのメンバー4人行ってる。
林 だから、政府が後出しジャンケンのように、「あの日がやばかった」と言ってくるじゃないですか。聞いてないよ感がすごい。
エリイ でもヤバいのは知っていたわけじゃん。
岡田 知っててもヤバい。目と鼻の先に4号機が見えていたんだけど、明らかに水蒸気がバンバン出てて放射能飛ばしまくってたし。死ぬかもしれんとマジで思ったよ。
卯城 俺はそのとき、もうメガネが曇りまくっていてなにも見えてない。
小林 よくやったよな。
卯城 やっぱ、誰かがやらなきゃいけなかったのかも。
エリイ 誰かがやんなくちゃいけないけど、特に誰もやりたくないことを「ちょっと面白いから」ってやっちゃうんだろうね。
卯城 俺、そのときに思ったけれど、誰かがやるべきこの役割を1番しなくちゃいけないのってマスコミの報道だと思ったんですよ。だからうちらは、「REAL TIMES」に新聞や雑誌等のタイムス的な報道の意味も込めてやったけれど、テレビでは「30キロ圏外から撮ったものを鮮明化しています」みたいな建屋の映像しかなくて、同じ人間が働いているのに中がどうなっているのかわからない。テレビで伝えたほうがいいと思うし、メディアが入って取材しなきゃいけないと思うのに、みんな原発に関してはしなかった。それどころかソースは政府の発表だけですよ。
卯城 そうするとやっぱり俺らみたいなのが行こうってなるじゃないですか。報道陣には、俺らのことを追っかけまわして撮っている暇があったら、早く圏内に独自取材にいけって思ったもん。
水野 その時点で、この間の展覧会をやろうという気持ちになっていた。
卯城 俺、REAL TIMESをつくった翌日に「展覧会をやらせてくれ」ってギャラリーにプレゼンしたんだよ。その間もボランティアに行きながら、犬の写真や額を集めていたし、もうちょっと原発に踏み込める、等身大の作品をつくりたいという話をしていて。
水野 それで「明日の神話」は日本の核をテーマにした作品だよねってことで、みんなでぞろぞろ見に行ったんだよね。
小林 そうしたら、そこにスペースがあったんだ。
卯城 そこって、第五福竜丸繋がりで海だったんですよ。それで「あれっ、いいじゃん」って思ってね。
エリイ やっぱ、現場に観に行くことって超大事だと思うの。
小林 そこに行くとそこの発想になるんだよ。そこに明日の神話があったら、明日の神話を描いたときのなにかが伝わってくる、っていうのはあるよね。
卯城 それまでの展覧会の構想では構成的になにかが足りないと思っていた部分にピースがハマったというか。たぶんそれって、ふたつくらいのポイントがあったと思うんです。ひとつは、実際の現地での製作とは違う、もっとうちらの生活のなかで等身大の誰でもできること、ということ。そして、今の事故をたった今の問題としてだけじゃなく捉えることができたってこと。レベル7と「明日の神話」のフィーチャリングによって、広島・長崎の原爆から第五福竜丸、そして今東京にきているヨウ素まで、日本が被ばくした放射能をすべて歴史的に見られるようになった。これまで原発の安全「神話」みたいなものがあって、みんななにも言ってこなかったし、頭がそこに向いていなかったじゃないですか。原発の事故のことも、岡本太郎とか手塚治虫が考えた『鉄腕アトム』のような昔のSFが描く当時の未来みたいな感じで、21世紀に起こるなんて思ってもいなかった。
岡田 やっぱり、危ないもんだったからこれまで安全安全って言って必死だったんだよね。いい夢見させられてきたわけだけど、さすがに目が覚めたわ。
小林 岡本太郎さんは、あの作品をいつ描いたの?
林 あれは太陽の塔と同時期に、メキシコに行ったり来たりして描いたみたいですね。
卯城 だから、あの万博感も含めてすごく20世紀っぽいんですよ。
小林 戦後の日本が変わるタイミングが、万博の前くらいまであったんだよね。勧善懲悪的なつまらないものじゃなくて、悪と正義や未来の希望と破滅みたいなものが混在していた。あのときに、僕らは目を覚ます可能性があったけれど、結局そこに経済が中心の価値観が来てしまった。経済が効率よく伸びていくためには、鶏のように同じ餌をパクパク食べてくれるほうが効率がいいから。
卯城 疑問を持たないほうがいい。
小林 そうそう。そのなかに、もののみごとに原発も仕込まれていたっていうことなんだよ。
卯城 で、結局うちらはそういうことで依存してしまったんですね。
批判に屈せず、タブーに踏み込みことも必要
小林 だから考えてみると、タイタニック的な話でもあるよね。Chim↑Pomがたまたまハコを開けてみたら、岡本太郎さんの絵と今が繋がっていたということだから。そのことに気が付いて、黙って飲み込んでしまう状況から目を覚まさなくちゃいけない。日本のことわざで「出る杭は打たれる」って言うけれど、なにかやると必ず「売名行為だ」みたいな言い方をする人たちがいるんだよね。今回のメディアも結局そうだったけれど、そんな叩き方をしてどうしようというんだろうね。
エリイ やっぱり叩きたいんだと思うんだよね。「不謹慎な人たち!」みたいなことを言いやすいじゃん。それで自分の正義を主張した気になって気分がイイみたいな。
林 今回メディアにも20世紀感みたいなものを感じちゃって。ネットも成熟し始めてきていて、いよいよメディアも変わらざるをえない時代にきているはずなのに、相変わらずそういう報道しかできないんだな、というか。原発とすごく似ている感覚がメディアにもあって。
水野 ネットメディアで国が変わったりしてるところもあるのに。
林 そうそう。テレビだけで原発の情報を得ている人と、ネットとテレビを両方観ている人とで、情報が違いすぎる。
卯城 物事には色々な受け取り方があるし、特にアートはあらゆる見方を発見するものだけど。今はYouTubeやUstream、DOMMUNE、facebookみたいなメディアがいっぱいあって、そこで比べられたら自分の行動がどこに位置しちゃうのか、という責任が一個一個あると思うんですよね。その責任感がマスコミにないわけではないけれど、やっぱり偉そうなところが直ってない。
小林 本質的には、責任感がないと思うよ。クレームとかがすごい世の中になってきているから、マスコミもそういうことを避けていて。結局、クレームを避けるストレスで、割とまっとうなつもりでハネたやつをきるんだよね。
エリイ うちらの方がまっとうだよ。
卯城 でも正直、すでにほかの色々なメディアが、全然違う見方で取り上げてくれることも増えてきていて。特に文化的な媒体とか海外メディアでは、日本のマスコミの批判をしているものもいっぱい出てきているし。っていうか、そもそも作品はアートの長い歴史に残っていくじゃないですか。その中で、あれをどう扱ったか問われてしまうのはその人たちだから。
小林 だけど、Chim↑Pomの場合は広島の「ピカ」(2008年に、広島市内の上空で「ピカッ」の3文字を飛行機雲で描いた)からはじまり、かなり連戦連発出ているからね。出過ぎた杭は打たれない(笑)。
卯城 今回、その手応えを感じた(笑)。
林 出過ぎたほうがいい。
エリイ もう、行くしかない! うちら体力もかなりあるし、ガンガンいかないと! というか、ガンガン進むのが好きなの!
林 そうだよね。
エリイ うちらは現代美術作家じゃん。Chim↑Pomの態度として、明るくポップな態度をとるし、それが社会のなかで機能を果たすっていう。
卯城 Chim↑Pomの態度というか、リアルであればいいだけだからね。
小林 でもね、しゃべりでも表現でも切り取り方でも、なんでもそうだけれど、やっぱり面白くなくちゃダメだよね。
エリイ うん、わかる。
小林 ポップであるかどうかは、そこから考えればいいよ。でも福島に関しては、派手さは全部削ぎ落とされるよね。どこかで考えたんだけれど、ap bank fesみたいな昼間の自然のなかって、「あ〜、自然でよかった」とか言える。だけど、やっぱりもっと場外乱闘というか、タブーな部分をひっくり返していく要素もやり方次第で必要じゃない。
福島に対しても、それをやらなきゃいけないってこと。僕もこの間、南相馬市の高橋さんという人と話したけれど、福島はある種パンクみたいなほど、価値観をひっくり返して歪みもねじれもなんでも受け入れられる、今1番ホットな場所だよっていう。ホットスポット。ギャグだけどね、もう。
卯城 福島がそうなればいいけどな。
小林 ちょっとヤバいなと思う世界に手を差し伸べて、手触りを確認して表現しなくちゃいけないし。ぜひやってよ。それで、タブー視している均質的な若い連中の目をどんどんひらいていく。エリイ頑張れ。
エリイ エリイ、マザー・テレサばりに頑張る!
小林 マザー・テレサ(笑)。そして、お茶の間にもなんとかエリイを注入していきたいね。今が大事な売りどきだから、どんどんやったほうがいいよ。
Chim↑Pom
2005年、エリイ、卯城竜太、林靖高、水野俊紀、岡田将孝、稲岡求で結成したアート集団。「生と死」をテーマにした作品や、現代社会に全力で介入した社会的メッセージの強い作品で評価を得て、国際展への参加や2010年に開催された「アジア・アート・アワード」で日本代表に選ばれるなど、海外からの注目も高い。昨年3月には初の作品集『Chim↑Pom』(河出書房新社)が刊行された。今年5月には東京・無人島プロダクションにて「REAL TIMES」展を開催。評判を呼び、6月に大阪でも巡回展をおこなった。
http://chimpom.jp/
(撮影・取材・文/編集部)